「木目が好きなんです。細かい木目や、つるんとした木目があって。表情も一つ一つ違ってくるんです」と白井清司さん(71)は言う。お面のほっぺやおでこに木目の円が広がり、やさしい顔がよりやわらかく、温かみが伝わってくる。細かいタテの木目が入った、般若はその表情とともにするどさを増している。 |
白井さんは松本生まれの、松川村育ち。北アルプス連峰の眺めが見事な安曇野で、うるわし家具店の店主として働いている。 |
「20年くらい前に、心筋梗塞になってね。1年ほど静養していた時があるんです。その時に、木を彫ることを始めたんです。何かやることがないかなぁと思って」。 |
最初に作り始めたのは、大きなカエルの置物。直径20cmほどあり、背中に子供のカエルを乗せている。その他にも、七福神の置物などを作った。一つのブロック板から作った絶対にはずれることのない二つの輪っかなどは、白井さん自身もお気に入りだ。これは、ある新聞のドーナツの広告を見て、試作してみたもの。気に入って、何個も作ってみた。絶対にはずれない輪っかだから、とある結婚式場の人が気に入って、ケースに入れて飾られているというエピソードも。 |
そんな白井さんがお面を作り始めたきっかけは、松本で行われていたお面の展示会を訪れた時にきれいなお面の中で、色の塗ってない、木目のきれいなお面を見たこと。同時に知り合いに、お面作りを習い始めた方がいたそう。それを見て、やってみようかと始めてみた。白井さんのお面作りは独学。お面作りの本を見ながら、彫刻刀の使い方や、掘り方を習得していった。途中わからないところがあったら、地元のお宮で行われる祭りなどでつけるお面を、実際に見せてもらった。見ればだいたいのことは、解決できたと言う。 |
白井さんが使う材料の木は、ベイマツ・ヒノキ・ゴヨウマツ・ヒバなど様々。普通ならば軽さのあるキリを使うという。 |
「キリを使ったことはないんです。皆がやっていないものをやってみようと思ってね」。 |
ヒノキは、お寺やお宮を建てている時に、切れ端などがあればもらってくる。他の木も、家を建てているところだとか、電力会社が電線に邪魔な木を切る時を見つけては切れ端をもらう。 |
「なかなかそういう状況はないんだけど、そういうのを見つけることが仕事だね(笑)」 |
常に頭の中に木のことを考えているから、そういう場面に出くわす。いつも木を探すこと、木で何を作るか考える。木が好きなのだ。 |
「板塀だったものなどはね、風雨にさらされていい味がでているんです。わびさびだね」。 |
今ある材料を持ってきて、すぐ彫ることはできない。途中で木が割れてしまうことがあり、また木によってはアクを抜く必要がある。 |
「皆がお風呂に入ったあとに、木をとぽんと一晩いれておくと、翌朝浴槽は真っ黒になっているんです」。 |
しかし、このアク抜きをしないで彫ることもある。そういうお面は、時が経つにつれ、全体的に少し木の色が濃くなり、またツヤがでている。これはこれで、味があり白井さんのお気に入りだ。 |
数多くあるお面の形、そして木の種類、木目をみて自由自在に組み合わせる。そんなお面は一つ一つ個性的だ。 |
約80本ある彫刻刀は、そのほとんどが自ら作った物だという。市販のものはしっくりこなくて、自分が一番使いやすいようにと作り始めた。刃はいらなくなったノコギリ、床屋でいらなくなったカミソリなどを使っている。一つのお面を作るのに、20種類ほどの彫刻刀を使い分ける。お面作りで大事なことは、まず刃を研ぐことだという。1個のお面ができるまでその間3回ほど、1時間ほどかけて、ていねいに刃を研ぐ。 |
「息詰まってしまうこともあります。思ったように木目が出てこない時や、パーツの形がイメージと違うとか。そういう時はいったん休んで、お面とは関係のない物を作ってみたりします。じっとお面のことを考えながら。そうすると、そうだ、こうやればいいと考えつき、またやり始めます」。飽くなき、面作りへの情熱。 |
雪が残る3月初旬、「今日みたいに天気がいいと、お面作りがしたくてウズウズしちゃうのよね」とかたわらで奥様が微笑む。 |
白井さんが熱中するお面作りは、安曇野の春の訪れとともに始まる。 |