かつて、製糸産業で栄えた須坂市には、今もまゆ蔵がいくつか残っている。「ふれあい館 まゆぐら」は、都市計画道路の整備により解体を迫られたが、製糸業で栄えた須坂の歴史を後世に伝える歴史的に貴重な建造物として、元あった場所から180m移動し、改修された3階建ての建物。丸山ヒロさんはこのまゆぐらの一角で信州須坂まゆアートの会のメンバーと日々まゆ人形制作をしている。
「このまゆぐらで活動を始めた時は、草木染めをした生糸で機織りをしていたんです。織物というのは一番最後の行程で、やはりかつてまゆを保管していたまゆ蔵ですので、原点に戻ってまゆを使って物作りをしようと人形を作り始めました」と語る丸山さん。箱の中で、モソモソと動く蚕(かいこ)は、クワの葉をもりもりと食べている。
蚕は絹糸をとるために、人間が長い間かかって作りあげた昆虫。変体性昆虫で、脱皮を繰り返し、卵の時から約25~30日をかけてきれいなまゆ玉になる。昆虫の蚕からまゆができて糸をつむぎ、それが衣服になるということ。そういう一つの物語を子ども達に知って欲しい。生活の中に根付いているものを、子ども達が身をもって知ることは大事なことだと考え、地元の小学生が蚕の観察をすることのお手伝いもしている。
「子ども達が夏休みの期間にわずかですけどおかいこさんを差し上げています。ちょうど、まゆぐらの庭に蚕のエサになるクワの木があり、友達どうしで採りに来ていますよ」。蚕がまゆを作り始めて、形になるのはわずか2日半ほど。そのままにしておくと、やがてまゆの壁を押し広げてカイコガが産まれてくるが、まゆをそのまま使う場合は、冷凍庫にまず2~3日入れておいて、夏の強い陽の下で水分をとばし乾燥させるようにと小学生に教えている。そうして出来上がったまゆで、ネズミやウサギなど小学生らしい感性で可愛らしいまゆ人形を作ったりするそう。
「本当はこのまゆぐらでまゆを作れればいいのだけれど、須坂の豊丘地区におかいこさんを愛情いっぱいに飼っているおじいさんがいてね、そこのまゆを分けていただいています。今では中国や東南アジアから逆輸入している時代だけど、長野県産のまゆを使えるということは本当に贅沢なことですよね」と丸山さん。傍らに置かれた箱の中には、色とりどりの染織されたまゆが用意されている。赤、青、緑、黄色、ピンク…色を選びながら人形を制作していく。まだ中にはさなぎが入っているので、カッターで切り込みを入れ取り出す。
「初めの頃はそのさなぎは捨てていたんです。そうしたら、近所のおばあちゃんに、そのサナギを捨ててしまうのはもったいないと言われたんです。それをお花の肥料にすれば、とてもきれいな花が咲くから捨てちゃダメだよと。そうよね、自然のたんぱく源の肥料だものね。ダメだと思っていたバラが翌年きれいに咲いたみたいなんです。それからは、捨てないようにして、色々な草花の肥料にしたりしています」。まゆ人形だけでなく、白まゆを購入していく方も最近では多い。洗顔した後に、指につけてやさしく肌をこすると、古くなった角質が取れ、美容にも効果があるようだ。「買っていかれるお客さんのほうが良くご存じなんですけど、確かに美容には良いみたいです。おかいこさんは、無農薬のクワの葉っぱだけを食べるからとってもナチュラルだものね」。
「人間誰れでもそうだと思うけど、手抜きをしてしまう傾向がありますよね。見えないからいいやと。でもそういうのってお客さんには分かってしまう。だから自分ができることを、自分たちなりに工夫をしながら一所懸命やっていきたい。遊びに来てくれたお客さんが、またここに足を運んでくださったりすることは、本当に嬉しいことですね」。
日々に感謝しながら楽しんで制作を続ける丸山さん。ひな祭りに向けて忙しい時期を迎える。 |