「ひとりひとりにぴったり合う形があるんですよね。手の大きさや柄の長さ、角度。何種類も実際に使ってみて、しっくりと自分の手になじむものがある」。そう話す佐々木圭治さんは木工スプーンを製作している。
神奈川、長野、山形とあちこちで生活してきた佐々木さんは、秋田県生まれ。50歳を過ぎた頃会社を退職し、念願だった物作りに没頭する日々を送っている。15年ほど前に山形県から移り住んだ筑北(ちくほく)村は、山に囲まれた緑豊かな村で、作業場である自宅裏の工房木音(もくね)も木々に囲まれた場所にある。
「ずっと何かをやりたいと思っていて、30年続けてきたサラリーマンを50歳過ぎで辞めました」と佐々木さん。辞めてから何をやろうかと考えた時に、はじめは椅子を作ろうと考えたが、椅子を作るには、大きな機械や広いスペースが必要なため椅子作りではなく、まず何か作ってみようと、子供が使っていた勉強机でスプーンを作り始めた。
佐々木さんの作るものは、大きなおたまから小さなコーヒースプーン、フォークまで大きさや種類は様々。他にもミニチュアの椅子やジュエリーボックスなどを製作している。ここ数年熱心に作っているのが、脳卒中やリウマチなど手の不自由な人に、もっと使いやすく持ちやすいものを使ってほしいとの想いで製作しているスプーンだ。
スプーンをにぎる柄の部分にゆるくカーブをつけ、スプーンを軽く手に持っただけで、カーブが手にフィットし力をほとんどいれなくても持つことができ、そして手から落としにくい。握りやすい形、持った時に手にフィットするデザインを追求している。
佐々木さん自身も二年前に脳卒中をわずらい、病気をした直後は手に力の入らないことがあった。握力がなく、スプーンをしっかりつかめない。そんな状況があって、より持ちやすいスプーンへの探求がはじまり、現在の形にたどりついた。
材料となる木は山桜の木。金属のスプーンと持ち比べるとその軽さに驚く。木材の市場で入札して、製材所で使いやすい大きさに切り1~2年乾燥させてから使う。硬くしなやかで、水にも強く丈夫なため、自分で使っていて安心と佐々木さんは言う。
「こういう事ってほんと、見て助けてくれる方がいらっしゃって。フリーマーケットに出店した時に、おもしろいから、展示会をやろうといろいろ声をかけてもらって」と奥様。
種類もまだ少なく、まだ何もわからないところからやり出して、少しづつステップアップできたと話す。いろいろな人に声をかけてもらい、ギャラリーなど、置かせてもらうお店も少しづつ増えていったそう。
「実際に生活の中で使ってから気に入ってもらい、同じ形のものがもう一つ欲しいという事があるから、型を残しておかないとね。似たようなのがいっぱいあるけど、ちょっとづつ微妙に違いがあるんです」。緑が映える工房の大きな窓の横の壁には、100種類以上ものスプーン型がずらりと並ぶ。
「一本気に入って使ってもらえるものがあって、喜んでもらえればうれしい。その都度、こっちもひとつ勉強になる。そうやって勉強をしてきて今、オールマイティとはいかなくても、ここをこうしてほしいとか、ある程度の要望にこたえることができるようになったんだよね」と佐々木さん。
ある物に合わせてしまうと、気づけない事が多いけれど、持って触って使ってみる事で自分に合う物を発見し、それはお気に入り・愛用品になる。そんな一本になってほしいと、佐々木さんは毎日コツコツとスプーンを作り続けている。 |